自由時間

自由時間

夏休み、といっても今の子どもたちには、私が子どもだった頃と比べてあまり自由な時間というものがないような気がします。

自分の恥をさらすようで恥ずかしいのですが、私が小学生だった頃は、夏休みなどはほぼ毎日、午前中から夕方日が傾くまで、近所の幼馴染たちと、空き地で野球(ごっこ)をしたり、用水路わきで虫捕り網を振り回したりしてトンボ捕りに熱中したり、かつては工場として使われていた怪しい廃屋横の荒れ放題になっていた小さな林で苦労してクワガタを捕まえたり、危ないから行ってはいけないと学校の先生に言われていた「運河」でザリガニを捕ったりと、本当に自由気ままに遊び暮らしていました。

その頃の友達との付き合いがいつの間にか途絶えてから半端ではなく長い時間が経ちましたが、今でも、私の育った家の半径1kmほどの範囲で毎日のように繰り広げられていたあれこれのことが、いろいろとはっきり思い出されます。

あの頃はよかったなあとか、楽しかったなあと言って感慨にふけりたいわけではありません。子どもの頃の思い出は、時間のマジックによるものなのか、人間の記憶のメカニズムによるものなのか、えてして、セピア色の淡いイメージと甘酸っぱいような感慨を伴っているものなのでしょう。私の思い出もそうです。がしかし、そんな甘酸っぱい感慨の中に、少し注意して目を凝らしてみると、とげというかささくれというか、ただ楽しいだけではなかった何かが、それも数限りなく含まれていることに気が付きます。

それは仲の良い友達との間に起きたちょっとしたいさかいであったり、好意を抱いていた異性にうまく思いを伝えられず、自分がしたことのせいで逆に嫌われる結果になってしまったり、あるいは学校の先生に「あそこは危ないから絶対に行ってはいけない」と言われていた場所で連日友達と遊んでいることで、学年集会だか何だかで同学年の子どもたちみんなの前で吊し上げを食らいそうになったりといった、たぶん誰でも身に覚えのあるような、ごくありふれた経験の数々です。

そういうたくさんの経験を、私はたぶん親に話したりなどは絶対にしなかったと思います。それはまず親に知られたくない恥ずかしい経験だったからです。親に叱られるのが怖いからではなく、単純に、知られると恥ずかしいことだったからだと思います。

私の子ども時代は、そういう、親にも話さず、学校の先生にも話さず、仲の良い友達同士でもまず滅多に話題にすることのなかったことどもと、自分ひとりで向かい合って過ごす場所や時間が、今の子どもたちと比べてたっぷりあったように思います。

まず何と言っても、今の子どもたちはほぼ毎日何かかにかの習い事にスポーツ活動に塾にと、息つく暇もないように見えることも珍しくありませんが、受験戦争まっただ中だった私の子ども時代でさえ、そういうことはあまりなかったように思います。かつては子どもというのは基本的に暇で、あり余る暇を持て余さないように自然と知恵の限りを尽くすようなところがありました。

かつては今のようなバラエティー豊かなゲームもありませんでしたし、テレビも子どもが見て楽しめる番組は数も時間帯もとても限られていました。私は中学生になると同時に自分専用の勉強部屋を与えられ、家族のいる階下からひとり離れてその部屋で寝起きするようになりましたが、初めの頃はよく、夜疲れて電気を消して布団にもぐり込むと、誰もいないはずの隣室から物音がするような気がして怖くなり、かといってそんな気を紛らわすような手段とてろくになく、その頃親にずっと買ってもらっていた子ども向けの月刊科学雑誌の付録についてきた小さな鉱石ラジオから漏れる人の声に唯一の救いを求めて、布団の中でひたすら小さなラジオにかじりついていたのを覚えています。

ヴァルター・ベンヤミンというドイツの思想家がこんなふうに書いています。「身体的にリラックスした状態の頂点が眠りだとすれば、精神的なそれは退屈である。退屈とは、経験という卵をかえす夢の鳥だ。森の葉ずれのザワザワ鳴る音はこの鳥を追い払う」。訳者によれば、「森の葉ずれ」という表現には、情報社会の喧騒が暗示されているそうです。

経験が人の血となり肉となってその人の生活を長きにわたって支えていくためには、自由な時間、それも目的に縛られない空いた時間が必要だという話だと思います。子どもの時間を目的のあるさまざまな活動で隙間なく埋めることについては、賛否両論あることを書き添えておきます。学校教育その他の現状を考えれば、「埋め」ざるを得ないということもあろうかと思います。ただ私個人としては、子どもであれ大人であれ、目的に縛られない時間が今よりもっと必要なのではないかと感じています。

これを書いている私も、騒々しい情報社会の一端を担っていて、子どもたちを忙しくさせている張本人の1人なのですが…

 

水橋校 涌井 秀人